最近は、会社に雇われるだけでなく、自ら起業して事業を始める人が増えています。アパートやマンションの一室を貸した相手が、賃貸契約を結んだ後しばらくして事業を始めたとしたら、大家としてはどのように対応すればよいのでしょうか。
今回は、住居専用の部屋で借主が事業を始めた場合に、契約違反として賃貸契約を解除できるのかについて見ていきます。
1.借主は用途に従って使用する義務がある
本来、住居専用のアパートやマンションは、居住以外の目的で使用してはいけないことになっています。民法上でも、土地や建物の借主は、その用途に従って土地や建物を使用・収益する義務があると定められています。
したがって、借主が住居専用の部屋を住居として使用していない場合は「用法遵守義務違反」となり、賃貸契約解除の対象となるのです。
しかし、アパートやマンションの一室で事業を始めるといっても、インターネット通販や物販、習いごと教室、在宅秘書など、事業にはさまざまな規模や形態のものがあります。これらの事業はすべて契約解除の対象になるのでしょうか。
ここで、住居専用の部屋を居住以外の目的で使用してはいけないと定められているのには、理由があります。まず、部屋の目的外の使用によって人の出入りが多くなったり騒音が起きたりして、近隣住民に迷惑をかけるおそれがあるためです。また、室内が勝手に改造されたり、破損・汚損されたりする可能性もああります。さらに、大家の立場からすれば、自分が借主に貸した部屋を居住以外の目的で使用されると、当初の取り決めとは違うため、裏切られたような気持ちになるでしょう。
このような理由により、住居専用の部屋では目的外の使用が許されていないのです。
2.契約解除には信頼関係の破壊が必要
しかし、必ずしも大家は契約違反を理由として、借主を一方的に退去させられるわけではありません。貸主が賃貸契約を解除できるようにするためには、貸主・借主間の信頼関係が破壊されていると認められることが必要です。
たとえば、インターネット通販や在宅ワークを始めるくらいであれば、人や商品の出入りが頻繁にあるわけではなく、大きな騒音を立てる可能性もほぼないだろうと予想されます。そのため、借主が近隣住民や貸主に迷惑をかけることもなく、事業を始めたからといって信頼関係が破壊されるとまでは言えないでしょう。
しかし、住居専用の部屋でカラオケスナックや料理教室を始める場合はどうでしょうか。カラオケスナックを開くとなると、人の出入りがある上に、カラオケの音が近隣に漏れて近隣住民と騒音トラブルになる可能性があります。また、料理教室をすることになると、部屋に油が飛び散ったり、調味料が床にこぼれたりして部屋のあちこちが汚されるおそれがあります。
実際にこのようなことが起こった場合は、「貸主と借主の信頼関係が破壊された」として貸主に契約解除が認められると考えられます。
3.大家として他の入居者の平穏を守るために
法律上、大家には、すべての入居者が住居として平穏かつ安心・安全に生活できる環境を提供する義務があります。つまり、借主が同じ建物に住む他の入居者に迷惑をかけている場合は、迷惑行為をやめさせる義務があるのです。
大家が借主の目的外使用を知っていながら、何も対策を講じない場合は、近隣住民から債務不履行や不法行為に基づく損害賠償責任を追求されることもあります。
過去の判例では、ビルの1階で飲食店を営んでいた賃借人が、同じビルの地下1階にあるライブハウスから振動や騒音が発生したため店舗の売上が減少して閉店に追い込まれたとして、ビルの大家に損害賠償責任が認められた事例があります。(東京地裁平成17年12月14日 判タ1249号179頁)
そのため、住居の目的外使用によって借主が近隣住民に迷惑をかけたり、部屋の中を破損・汚損し
たりするおそれのある場合には、できるだけ早いタイミングで、相当の期間を定めて利用方法を改めるように催告しましょう。その期間を経過しても、なお借主が目的外使用をやめないときは、大家は内容証明郵便を借主に送付して契約解除を通告した上で、部屋を明け渡すよう請求することができます。それでも借主が応じない場合は、部屋を管理している不動産業者や弁護士などの専門家に相談したほうがよいでしょう。
まとめ
- 住居専用の部屋で借主が事業を始めたとしても、業態や事業規模によって契約解除事由にならないことがある。
- 大家が借主に対して契約解除を通告できるようになるには、信頼関係が破壊されていると認められることが必要。
- 借主の目的外使用により近隣住民に迷惑をかけるおそれがあるときには、大家は利用方法を改めるよう通告し、応じない場合は部屋の明け渡しを請求できる。
部屋の目的外使用については、大家としてはあまり良い気持ちはしないものの、実務上ある程度は容認せざるを得ないでしょう。しかし、借主の行為があまりにも目に余る場合は、大家として毅然と対処することが必要です。