分譲マンションの一室を所有し、賃貸している「区分大家さん」の場合、火災について、どのような責任を負うのでしょうか。
ここでは、借主の責任ではなく、物件の設備の欠陥が火災原因だと判明した場合を取り上げます。復旧を行う期間中、借主が一時的にホテルや仮り住まいで過ごさなければならなくなった場合、大家はどこまで責任を負うのでしょうか。
1.「失火責任法」による責任の範囲
誰でも、故意または過失によって他人に損害を与えた場合、その損害を賠償する責任があります。これを不法行為責任と言います。
しかし、自分が火事を起こしてしまった場合は「失火責任法」により、故意または「重過失」の時だけ、その責任を負うことになっています。なぜなら、日本の家屋は木造が多く、国土が狭いために建物同士が密着しており、火災が起こると、あっという間に燃え広がってしまいます。過失でも損害賠償しなければならないとすると、一般の人が払えないくらいの多額になってしまうからです。
「重過失」とは、最高裁判所の定義によると、通常要求される程度の注意すらしないでも、極めて容易に結果を予見できたにもかかわらず、これを漫然と見過ごしたような場合のことです。
2.契約関係にある人と「失火責任法」の適用
大家と借主は、賃貸借契約によって、互いに義務を負う関係です。大家の義務は、契約目的に応じた部屋を提供し、使用収益させる義務や修繕義務などで、借主の義務は、賃料支払義務、目的物の使用方法に従って使用する義務などです。
仮に、借主の過失によって火災を起こしてしまった場合、大家と借主という契約関係にある人同士の契約責任に関しては、失火責任法は適用されません。借主は、軽過失であっても、大家に対して契約上の義務違反の責任を負うことになります。
一方、大家にも借主にも過失がない火災(隣家からの類焼など)によって、居室が焼けて住めなくなってしまった場合には、賃貸借契約は終了します。
この場合、大家は受け取っていた賃料を日割りで返還したり、敷金を返還したりする義務はありますが、借主に損害賠償をする必要はありません。不可抗力によって、契約上の義務が履行できなくなった場合には、損害賠償義務を負わないからです。
このようなケースでは、居室を復旧した後に、借主がまた居住するなら、新たに賃貸借契約を締結することになるでしょう。
3.工作物責任と失火責任法
民法には「工作物責任」という規定もあります。それは、不法行為責任の特則で、建物の所有者としての責任です。
建物の占有者は、その設置・保存の欠陥によって他人に損害を与えた時は、それを賠償する責任を負います。しかし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしていた場合には、占有者は責任を負わず、所有者(大家)が責任を負います。この場合、所有者に過失がなかったとしても、建物の所有者であるという理由だけで、責任を負わなければなりません。
そうすると、火災の原因となった建物の設備の欠陥について、大家に過失がない場合、大家は、契約責任としての損害賠償責任はありません。しかし、建物の所有者として工作物責任を負い、他人に生じた損害を賠償する必要はあるということになります。
ここで、工作物責任と、失火責任法のどちらが適用されるかという問題が出てきます。
実は、ここはまだ、法的に決着がついていない分野です。
ただ、傾向としては、工作物責任を負う場合には、失火責任法は適用されず、無過失・軽過失でも損害賠償責任を負うと判断されることが多いです。延焼した部分には、失火責任法を適用するという見解もありますが、建物の設備が原因で借主が損害を被った場合は、延焼ではないと言えるので、失火責任法の適用は難しいでしょう。
損害賠償責任を負う場合には、一般的に予見可能な損害を賠償することになります。火事が起これば、復旧までの仮り住まい費用や引っ越し費用が必要になることは、一般的に予見可能なので、このような費用も損害賠償に含まれることになるでしょう。
4.火災と各種保険の適用関係
このような事態への備えとして考えられる保険を以下に挙げます。ただし、保険の適用範囲や賠償金額の上限などは、その保険の規約によります。規約をよく確認した上で、利用を検討しましょう。
大家が加入する火災保険
火災保険は、自分の建物が火事で被害を受けた場合に、その損害を賠償してくれるものです。なお、自分の重過失で火を出した際には、保険金を受け取ることはできません。
ただし、火災保険は、建物の損害を填補してくれるだけで、借主に与えた損害を賠償するためには利用できません。
大家が加入する個人責任賠償保険
自分の過失で、他人に損害を与えてしまった時(不法行為責任を負う場合)に、その損害を賠償してくれる保険です。自分の重過失で、火事を出してしまった場合の損害の負担に利用できます。
ただし、自分の所有する物件が他人に損害を与えた場合(工作物責任を負う場合)には、利用できません。
大家が加入する施設賠償責任保険
自分の所有する建物などの施設の設置・保存上の欠陥などによって、他人に損害を与えてしまった場合に使える保険です。
5.共用部分の設備が原因の火災
共用部分は、マンションの区分所有者全員で共有するものです。そのため、共用部分の設備の欠陥が原因で発生した火災については、区分所有者全員が連帯して責任(工作物責任)を負います。
火災の原因が、共用部分にあるのか、専有部分にあるのか明らかではない場合は、区分所有法(建物の区分所有等に関する法律)第9条により、共用部分にあるものと推定されます。この場合には、マンションの管理組合が加入している火災保険や施設賠償責任保険を確認しましょう。
まとめ
- 火事を起こした場合、「失火責任法」により、故意または重過失の場合だけ責任を負う。
- 借主の軽過失による火事であっても、借主は大家に対しては契約上の責任を負う。
- 隣家からの類焼など、不可抗力の火事の場合は、借主と大家の契約関係が終了する。
- 建物の欠陥によって火事が起こった場合は、大家が所有者としての「工作物責任」を負う。
- 「失火責任法」と「工作物責任」のどちらが適用されるか、法的に決着が着いていないが、「工作物責任」が優先される傾向が強い。
- 多額の賠償金を支払う場合に備えて、火災に関する各種保険を利用するのがおすすめ。
大家は、隣室からの類焼のように、自分に過失がなく、建物の設備・保存の欠陥が原因でもない場合は、損害賠償の責任を負うことはありません。
しかし、自分の所有物たる建物の設備が原因で火災が発生した場合は、無過失であっても、借主に対して損害を賠償する責任を負うことがあります。
各種保険を上手に利用して、そのような事態に備えましょう。