退去時の立ち会いにはトラブルが起こりやすく、それは入居者だけはなく、大家にとってもストレスであると言われています。
大家として、どのくらいの範囲で修繕などの費用を入居者に請求できるのか、正しい知識を身につけておくことが、トラブルを回避する第一歩となります。
1.原状回復に関する裁判所の考え方
過去の裁判例では、通常損耗(そんもう)(※1)について、入居者は基本的に原状回復義務を負わないという考え方を取っています。
なぜなら、誰が住んでいようとも、建物や内装が時間の経過とともに劣化していくのは当然のことで、入居者の責任ではないからです。大家は、これを含めて家賃を受け取っており、建物の減価償却をしているため、通常損耗に対する修繕費は大家が負担するべきであるということです。
※1=故意や過失ではなく、通常の使用によって傷みなどが生じること。
判例はこちら→最高裁判所判決(平成17年12月16日)
2.通常損耗と考えられるのはどこまで?
では、どこまでが通常損耗なのでしょうか。これについては、国土交通省が、ガイドラインをまとめています。
2-1.オーナーが負担する範囲の目安
ガイドラインによると、大家の負担で修繕、クリーニングすべき通常損耗の基本的な考え方は「入居者が通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるもの」です。
よくある通常損耗は、下記のようなものです。
- フローリングや畳の色落ち、家具の設置によるへこみ。
- クロス(壁紙)の色落ち。
- 壁の画びょうの穴や、ポスターの跡、テレビや冷蔵庫など電化製品の後部壁面の黒ずみなど。
- エアコン設置による壁のビス穴・跡。
2-2.入居者の責任とされる修繕範囲
一方、入居者が負担すべき修繕費の基本的な考え方は「入居者の居住・使用により、発生した建物価値の減少のうち、入居者の故意・過失、善管注意義務違反(善良な管理者としての注意を払って、その建物を使用する義務)その他通常の使用を超えるような使用による損耗であると考えられるもの」です。
例えば、よくあるのは下記のようなものです。
- たばこによるクロス(壁紙)の変色、におい。
- ペットによる柱の傷、臭いなど。
- カーペットにジュースなどをこぼしてできたシミ。
- 日常の清掃を怠ったために発生したカビ、サビ、水垢、黒ずみ、色落ちなど。
ただし、クロスや設備などには耐用年数がありますから、それらの経過年数や入居者の入居年数などにより、入居者が負担すべき修繕費の割合が決められます。
ガイドラインはこちら→国土交通省ガイドライン
3.退去時の立ち会いのポイント
ここまで、原状回復についてオーナーと入居者、それぞれの責任範囲について見てきました。そのことを踏まえて、実際に立ち会いをする時に気をつけたいのは、次のようなことです。
3-1.法外な要求はしない
国土交通省のガイドラインは、法律ではないので強制力がないとはいえ、これまでの裁判例の傾向を踏まえて作成されています。なので、このガイドラインに違反している方が、やはり不利になりやすいものです。入居者の無知に付け込もうというような考えではなく、請求できるものを請求する、大家が負担すべきものは請求しないという当たり前の姿勢が大切です。
自分の主張は、判例に照らしても、ガイドラインに照らしても正しいと考えていれば、入居者に対して堂々と交渉ができるでしょう。
3-2.強引に署名などを迫らない
退去立ち会いの場で、入居者にチェックリストや合意書への署名をお願いするような形を取っているオーナーもいるかと思います。
しかし、入居者が渋っているときに、強引に言いくるめたり、強い態度に出たりすると、その場では署名をもらえても、後で必ず問題になります。
署名を渋られた場合には「これは正当な請求ですので、敷金から差し引きます(もしくは、請求書を送ります)」と言っておけばいいのです。その場で署名をもらわなければ請求ができないわけではありません。
入居者も、その後誰かに相談をして、大家の言っていることが正しいと分かれば、敷金から修繕費を差し引かれても文句を言わないでしょう。
一方、請求書を送っても支払いのない場合には、調停や少額訴訟を考えることになります。これはチェックリストや合意書に署名がなくても、写真などの証拠があればできることです。
3-3. 写真を取っておく
大事なことは、相手を論破することでも、署名させることでもなく、証拠を残すことです。
オーナーとしては、空室が出たら、すぐにでも修繕やハウスクリーニングを行って、次の入居者募集をかけたいところです。しかし、修繕してしまうとキズや汚れも消えてしまいます。そこで、きちんと写真や動画で記録を残しておきます。
4.大切なのは、入居時の対応
入居者の立場として、部屋を借りる際には、退去時に法外な要求をされないよう、入居してすぐに写真を撮っておきましょうとよく言われています。
これは、大家の側から見ても同じことです。退去の時に明らかに故意もしくは過失でつけたようなキズがあるのに、「このキズは入居したときからありました!」と開き直られてしまうと、トラブルになります。
そこで、入居時に、入居者と一緒にチェックリストを利用して部屋の状態をチェックし、写真を撮っておくことは、大家と入居者の両方にとってメリットがあります。チェックリストや写真のコピーを渡しておくと、入居者も安心できます。
また、この時に、どのような修繕費が退去時に入居者の負担となるのかを説明しておくことも大切です。そうすれば、入居者も修繕費の負担が発生しないように、きちんとした使用を心がける可能性が高くなり、退去時のトラブルも減るでしょう。
まとめ
- 自然な住まい方で生じる「通常損耗」は、基本的に大家の責任範囲となる。
- 裁判例や国土交通省のガイドラインなどを参照に、通常損耗の範囲を知っておく。
- 退去立ち会いのポイントは、強い態度に出るのではなく、証拠を残すこと。
- 入居時に大家と入居者で部屋の状態をチェックし、リストや写真に残しておくことが、退去トラブルの防止につながる。
以上のように、退去時の立ち会いでは、きちんとした知識を身に付けておくこと、証拠を残すことが大切です。また、入居時から、きちんと対策を取っておくことが、トラブル回避につながります。