マンションやアパートを賃貸するに当たって、入居審査をするのが一般的です。その際、入居者は勤務先や年収の申告をしますが、もし内容に虚偽があった場合、大家として賃貸借契約を解除することはできるのでしょうか?
今回は、入居時に虚偽の勤務先などを申告された場合、大家は借り主を退去させられるのかについて解説します。
1.契約書に特約があることが前提
賃貸借契約を締結する時、通常は入居希望者の審査を行います。この時、入居希望者には勤務先や年収の申告をしてもらい、その内容によって家賃支払いができそうであれば、大家は安心して物件を賃貸することになります。
しかし中には、勤務先や年収などの情報について、嘘をつく人がいます。会社員だと思っていたら、実は無職やフリーターだったというケースなどです。
このような場合、将来的にきちんと家賃を支払ってもらえるかどうか、大きな不安が生じます。大家としては契約を解除したいところですが、解除することは認められるのでしょうか?
この場合に問題となるのは、賃貸借契約書内に「申込書内の勤務先等の条件について虚偽があれば、解除が可能」という特約があるかどうかです。
こういった特約があれば、虚偽の申告を理由に解除を主張することができます。しかし、特約がなければ、それだけでは賃貸借契約を解除することはできません。
2.信頼関係が破壊されたかどうか
それでは、特約がある限りどのようなケースでも、賃貸借契約を解除して物件を明け渡してもらうことができるのでしょうか。
実は、そういうわけにはいかないのが現実です。賃貸借契約は、賃貸人(大家)と賃借人(借り主)との信頼関係が厚いタイプの契約と考えられています。また、居住場所の確保のため、借り主は強く保護されています。
そこで、賃貸借契約の解除が認められるためには、大家と借り主の間の信頼関係が破壊されるような、強い背信的行為が必要と考えられています。つまり、借り主に強い背信性がない限り、たとえ解除の理由があっても、大家は賃貸借契約を自由に解除することはできないのです。
申込書に虚偽の勤務先が記載された場合、それだけでは信頼関係を破壊するほどの事情と認めてもらえないことが多いです。特に、賃貸借契約締結後の借り主の態度について、申込書の虚偽以外の点では問題がなく、滞納もなく順調に家賃を支払っている場合には、虚偽申告だけで信頼関係が破壊されたとは認められないでしょう。
この場合、賃貸借契約の解除は認められず、将来実際に家賃の滞納などが発生した段階で、はじめて契約の解除が認められる可能性が出てきます。
3.詐欺が成立する場合はあるのか?
それでは、借り主が申込書に虚偽の勤務先を記載して賃貸借契約を締結させたことは、詐欺には該当しないのでしょうか。もし詐欺に該当するなら、大家は詐欺取消をして、契約が無効であることを主張することができるはずです。
しかし、実際には、詐欺取消によって契約の無効を主張することも困難です。詐欺を主張するには、相手が大家をだまそうとした行為によって、家主が契約をしたことが必要です。そのためには、相手による欺きの内容が、賃貸借契約の重要部分である必要があります。しかし、相手の勤務先は、賃貸借契約の内容とはならず、契約の重要な部分というより、むしろ動機の一部としか言えません。
ただし、借り主がアリバイ会社を使って、明らかに大家をだまそうとした場合や、だました場合には、詐欺や詐欺未遂に該当すると考えられます。実際の逮捕事例もあるようです。
しかし、このようなケースはまれで、詐欺取消によって契約の無効を主張する方法は、あまり現実的ではありません。
4.当初から収入証明を提出させる
以上のように、申込書に虚偽の勤務先を書かれたとしても、それだけで賃貸借契約を解除したり無効だと主張したりすることは難しいです。こうしたトラブルを避けるためには、契約当初からきちんと勤務先に関する資料(源泉徴収票や給与明細書等)の提出を義務付け、確実に勤務先の確認をしておくことが大切です。会社の印鑑が押してあるものなら、偽造することは難しいでしょう。
まとめ
- 借り主が虚偽の勤務先を告げた場合、特約があれば賃貸借契約の解除を主張できる。
- 特約があったとしても、大家と借り主との間の信頼関係が破壊されていないと認定されたら、解除は認められない。
- 借り主が虚偽の勤務先を告げても、詐欺取消は認められにくい。
- 入居審査の際に、きちんと勤務先と収入の証明を提出させて確認しておくことが重要。
今回の記事を参考にして、的確に入居審査を実施して、賃貸借契約後のトラブルを効果的に防止しましょう。